2026年05月4日
思い通りにいかないのが普通?四苦八苦から考える体と心の整え方
こんにちは、たちばな堂の古井戸です。
今日は少しだけ、哲学的なお話を。
「思い通りにいかない」のが前提
たちばな堂に来られる方は、
痛みや不調、悩みを抱えて来院されます。
そんな中で思い出すのが、
仏教の教えにある「四苦八苦」という言葉です。
四苦八苦とは?
ここでいう「苦」は、
“苦しみ”というよりも
「思うようにならないこと」という意味だそうです。
【四苦】
・生
・老
・病
・死
さらにこれに、
・愛別離苦(あいべつりく)…大切な人と別れること
・怨憎会苦(おんぞうえく)…嫌な人と会うこと
・求不得苦(ぐふとくく)…欲しいものが手に入らないこと
・五蘊盛苦(ごうんじょうく)…心や体が思い通りにならないこと
これらが加わり「八苦」となります。
つまりどういうことか
少し極端に言えば、
人生は「思い通りにいかないことの連続」とも言えます。
でもこれは、
“自分だけがうまくいっていない”わけではなく、
誰にでも起こる自然なことなんですね。
不調もそのひとつ
体の不調も、
この「思い通りにいかないこと」の一つです。
・なんでこんなに痛いんだろう
・どうしてなかなか良くならないんだろう
そう感じることもあると思います。
でも、ずっと続くわけではない
ただひとつ言えるのは、
その状態が「ずっと続くわけではない」ということです。
体にはもともと、
回復しようとする力(自然治癒力)が備わっています。
大切なのは“今の積み重ね”
不調が長く続いている場合は、
それだけ時間をかけて積み重なってきた可能性もあります。
だからこそ、
焦らず、体にとって正しいことを続けていくこと。
それが、未来の状態を変えていきます。
まとめ
思い通りにいかないことがあるのは、当たり前。
その中で、
・どう受け止めるか
・どう向き合うか
それがとても大切です。
無理に頑張りすぎず、
でもあきらめずに、
少しずつ整えていきましょう。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
ご予約・お問い合わせはLINEから
気になる不調やご相談は、お気軽にこちらのLINEからどうぞ。
「どこに相談したらいいかわからない」そんな時こそ、たちばな堂がお力になります。

こちらもおすすめ
● 体を整える3つの柱とは?循環・休養・再起動で考えるたちばな堂の健康法
2026年05月2日
他人(ひと)のよろこびを、自分のよろこびに
こんにちは、たちばな堂の古井戸です。
今日は「他人のよろこびと自分のよろこび」について、少し書いてみようと思います。
自分のよろこびは分かりやすいけれど
自分に良いことがあれば嬉しい。
これはもう当たり前ですよね。
では、家族や友人、身近な人に良いことがあった時はどうでしょうか。
その人と同じように、素直に喜べていますか?
他人のよろこびに、どう向き合うか
…なんて書いておきながら、正直に言うと
若い頃の私は、これがあまり得意ではありませんでした。
どこか斜に構えていたり、照れくさかったり。
今思えば、少し余裕がなかったのかもしれません。
年齢とともに変わってきた感覚
でも年齢を重ねるにつれて、少しずつ変わってきた気がします。
自分に起こる嬉しい出来事は「自分ひとりの喜び」。
でも、誰かの嬉しそうな姿を見て感じる喜びは、それとは少し違うんですよね。
うまく言えませんが、じんわりと広がるような感覚というか。
「分かち合う」より「増えていく」よろこび
“分かち合う”という言葉がありますが、
実際には減るどころか、むしろ増えているように感じます。
最近も、身近な方から嬉しい報告をいくつか聞く機会がありましたが、
こちらまで自然と嬉しくなってしまいました。
こういう感覚って、いいものですね。
施術家という仕事の中で感じること
そして、これは仕事の中でもよく感じることです。
不調を抱えて来院された方が、施術後に少し楽になって
ふっと表情が緩んだり、「楽になりました」と言ってくださる瞬間。
その様子を見ると、こちらまで嬉しくなります。
ときには思わずハイタッチや握手をしたくなることも(笑)
あらためて、いい仕事をさせてもらっているなと感じます。
これからも大切にしたいこと
誰かのよろこびが、自分のよろこびにもなる。
そんな瞬間を、これからも大切にしていきたいですね。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
ご予約・お問い合わせはLINEから
気になる不調やご相談は、お気軽にこちらのLINEからどうぞ。
「どこに相談したらいいかわからない」そんな時こそ、たちばな堂がお力になります。

こちらもおすすめ
● 体を整える3つの柱とは?循環・休養・再起動で考えるたちばな堂の健康法
2026年05月1日
ゴッドハンドよりも「グッドハンド」
こんにちは、たちばな堂の古井戸です。
今回は、少し昔の自分の話を。
なぜか目指してしまう「ゴッドハンド」
なぜか治療家というのは、
いわゆる「ゴッドハンド」を目指しがちです。
すごい技術で一瞬で良くする。
そんなイメージ、どこかありますよね。
正直に言うと、昔の自分もそうでした。
「すごいですね」と言われたい。
そんな気持ちがなかったと言えば、ウソになります。
誰にでも承認欲求はありますからね。
それって自己満足かもしれない
でもある時、ふと思ったんです。
「これって、自己満足なんじゃないか」と。
もちろん技術を高めることは大切です。
でも、それが“自分のため”になっていないか。
そこに少し違和感を感じました。
「ゴッド」ではなく「グッド」
そこで言葉を少しだけ掘り下げてみました。
ゴッドハンド(God Hand)
いわゆる「神の手」という意味ですが、
西洋的な“絶対的な神”というニュアンスが強くて、
自分の感覚とは少し違う気がしたんですね。
日本での神様はどちらかというと、
八百万の神々と表現されるように「自然や万物に宿るもの」だったり、
もっと日常に近い感覚の方がしっくりきます。
目指すのは「良い手」
そこで、少しだけ考え方を変えてみました。
「ゴッドハンド」ではなく、
「グッドハンド(Good Hand)」。
派手さはないかもしれませんが、
・相手の状態をきちんと感じ取れる
・無理をさせずに整えていく
・安心して任せてもらえる
そんな“良い手”であることの方が、
自分にはしっくりきたんですね。
シンプルだけど大切なこと
特別な何かになることよりも、
目の前の一人にとって「良い手」であること。
今はその積み重ねが、
結果として信頼につながっていくのだと思っています。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
ご予約・お問い合わせはLINEから
気になる不調やご相談は、お気軽にこちらのLINEからどうぞ。
「どこに相談したらいいかわからない」そんな時こそ、たちばな堂がお力になります。

こちらもおすすめ
●「そういえばここに来ればよかった」別の症状で他院に行ってしまう理由とは?